※この記事は、退職前、現役のドライバーだったころに書いたものである。
2026年6月。保冷車のフロントガラス越しに、福島の初夏を彩る瑞々しい緑と爽やかな風が吹き抜ける季節となった。荷台の扉を開ければマイナス帯の「極寒の冬」、外に出れば「初夏の現実」という、その寒暖差に身体をびっくりさせながら、現在70代の私は今日も元気(時々ポンコツ)にハンドルを握っている。
大手食品会社の冷凍食品、ファストフード店やハンバーガー店への配送、そして大手スーパーのネットスーパー配送。これらを毎日決まった時間に届けるのが私の使命だ。世間、特にメディアでは「AIに仕事を奪われる」「人類の脅威だ」といった不安を煽る声も耳にする。しかし、最前線の運転席に座る私にとって、AIは「恐れ」の対象などではない。むしろ、ガタが来始めた身体と人手不足の現場を支えてくれる「強力な助っ人」であり、これからの時代を照らす大きな「希望」そのものだ。
今回は、Anthropic社のCEOでありAI研究の世界的権威であるダリオ・アモデイ氏が掲げたエッセイ「愛に満ちた恵みの機械たち(Machines of Loving Grace)」における楽観的な未来予測と、私の日々の泥臭い運転日誌を照らし合わせ、70代からでも遅くない「これからの時代を豊かに生きるためのヒント」を綴ってみたい。
人手不足の現場に届く、AIという救世主
アモデイ氏は、AIが過去100年の人類の進歩をわずか数年に凝縮するほどの圧倒的な力を持ち、私たちに計り知れない恩恵をもたらすと予測していると言われている。この「AIが世界を救う」という壮大な視点は、人手不足という「静かな嵐」に直面している物流現場の末端にいる私にとっても、非常に深く頷けるものだ。
現在、配送現場では深刻な人手不足が起きている。かつて、ネットスーパーの仕分け部屋には「パートさん」たちが大勢ひしめき合っていた。冬の大雪で豪雪地帯の荷物がキャンセルになろうものなら、「あら、今日は少し早く帰れるわね!」とキャッキャと笑い合う、活気と血の通ったコミュニティがあったのだ。しかし今、そんな賑やかな仲間は減り、求人を出しても全く人が来ない。残された少数の人間による「気合と根性の奮戦」で、ギリギリ現場が回っているのが実情だ。
「AIに仕事を奪われる」と嘆く人もいるが、私たちの現場では「そもそも奪ってくれる人がいない」のだ。アモデイ氏が言うように、複雑な段取りや単純作業がAIやロボットに代替される未来は、私たちの脅威ではなく、崩壊寸前の現場を存続させてくれる「救世主」の到来を意味している。AIが荷物の最適な積み込み手順を考え、ロボットが重い箱を運んでくれる。そんな未来が来れば、私の腰痛も少しはマシになるはずだと、密かに期待しているのだ。
人生100年時代を支える3つの期待と私の日常
アモデイ氏は、エッセイの中で、AIがもたらす幅広い領域での進化を描いていると言われている。そこから着想を得て、70代半ばの私が日々の運転席で切実に感じている、3つの領域を挙げてみたい。それは、まさに私が切望する未来の姿とぴったり重なる。
身体の健康と寿命の延伸
未来の医療では、AIが病気の予兆を事前に掴む「未病」へのアプローチが当たり前になると言われている。毎日荷物を運び、体の節々の痛みに鞭を打ちながら働く私のようなシニアにとって、体の不調を早めに知らせてくれる仕組みほど、心強いものはない。生涯現役を目指す身として、そんな健康管理の未来に期待している。
知識の民主化と学び
スマホ1台で世界トップクラスの知識にアクセスできる時代。私は運転中、スマホの「文字読み上げ機能」をフル活用し、Kindle本を中心に、最新のニュースや歴史、AIに関する内容をインプットしている。今のAIの読み上げ音声は非常に洗練されていて、とても聞きやすい。強いて言えば、音読みと訓読みを間違えることがあるぐらいで、それもご愛嬌だ。私にとってAIは優秀な「学び直しのパートナー」であり、毎日のトラックの運転席は、誰にも邪魔されない「動く学習空間(キャンパス)」へと変貌している。
「仕事」の意味の再定義
面倒な計算や最適化の作業をAIに任せ、浮いた時間を「生身の人間関係」や「趣味の創作(このブログ執筆など)」に充てる。人はより「人間らしい本質的な仕事」に集中できるようになるというアモデイ氏の予測は、私の実感に近い。
重心の捉え方と、詫びる顔。AIには書けない現場のリアル
情報整理やルートの最適化など、論理的な思考はすでにAIの独壇場だ。しかし、だからこそ現場の「文脈を読み取る力」や「暗黙知」の価値は、今後かつてないほど高まっていくと確信している。
例えば、荷物の積み下ろし。若いドライバーが体力に任せて重い冷凍食品の箱を力ずくで運ぼうとし、翌日腰を押さえているのを見かける。一方、70代の私は「重心の移動と、てこの原理」を駆使し、まるで荷物と呼吸を合わせるように、力まず軽やかに荷物を動かす。これは経験を基にした知恵が身体に染み込ませた「暗黙知」であり、データだけでは簡単に学習できない人間のオリジナリティだ。
また、現場での「対人スキル」もAIには決して代行できない。ネットスーパーの午前の配送では、午前11時までに物流センターに届けなければならないという絶対のルールがある。もし店舗の準備が遅れ、出発がデッドラインの9時50分を過ぎてしまった場合、到着はギリギリになる。そんな時、AIがどれほど論理的で完璧な「遅配の言い訳」を出力してくれても、殺気立った現場の怒りを鎮めることはできない。必要なのは、急いで駆け込んだ時の「いやぁ、お待たせして本当に申し訳ない!」という申し訳なさそうな顔と、相手の表情から瞬時に空気を察する「共感力」、そして現場を和ませる少しのユーモアなのだ。こうした人間同士の泥臭い潤滑油こそが、AI時代に最も希少で価値のあるスキルになると私は信じている。
波を乗りこなす、70代のささやかな実践
私たちはAIを「未知の敵」として遠ざけるのではなく、自分の能力を無限に広げてくれる「最高の相棒」として使い倒すべきだと、私は考える。そこで、70代半ばの私が日々実践している、AI時代を豊かに生きるためのちょっとしたアクションを提案したい。
AIと「共に構築」する
まずは毎日、AIに話しかけてみることから始めよう。私は毎朝、天気や配送ルートの相談をAIに持ちかけている。時々、妻への挨拶よりもAIへの挨拶の方が心こもっているんじゃないかと冷や汗をかくこともあるが、新しい道具は使ってなんぼだ。
知的好奇心のエンジンを止めない
最新のツールを「若者のおもちゃ」と切り捨てず、「魔法の杖」として楽しんでみてほしい。70代からでも学びは決して遅くない。
物理的な世界(現場)の温もりを大切にする
デジタル化や自動化が進むからこそ、雪道の脇道でスリップしないよう気を配ったり、仲間のために車内を綺麗に保ったりといった、人間ならではの「他者への配慮」が光り輝く時代になる。
朝4時に起きて、未来のハンドルを握る
朝4時に起き、夕方4時まで美味しい食品を確実に各店舗へ届ける。その泥臭い日常の中で交わされる、生きたコミュニケーションの数々。この現場で見聞きした出来事や、人間関係の機微をこうしてブログに綴ること。それこそが、「AIには決して書けない、血の通ったリアルな共感」となり、読んでくださる皆様の心に届く強力な武器になると信じている。
福島県の内陸部を走る私には、海でサーフィンをした経験など一度もない。しかし、テクノロジーという巨大な波に乗る「デジタルサーフィン」なら、70代の今からでも十分に楽しめそうだ。AIという波を巧みに乗りこなし、これからも現場の最前線から、しなやかで温かみのある視点を発信し続けていく。

皆さんも、まずは今日、手元のスマートフォンに向かって「おはよう、今日の予定はどう?」とAIに話しかけることから、新しい習慣を始めてみないか。その小さな一歩の先には、今よりも少しだけ明るい未来が、きっと待っている。

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