※この記事は、退職前、現役のドライバーだったころに書いたものである。

今から10年後、2035年の日本。AIが社会の基盤となり、高速道路では自動運転トラックが走り、ドローンが空を舞う未来。そんな「展望」を耳にしながら、私は今日も、令和7年(2025年)2月の雪道を走っている。
73歳で偶然正社員として雇ってもらえた現役トラックドライバーである私の目に映る「今」の光景は、10年後の課題や希望と驚くほど密接に繋がっている。日誌を紐解きながら、未来の日本を少しだけ先取りしてみよう。
1. パートさんが減った現場と、助けてくれた男性
2035年に向けて深刻化する労働力不足。それは、すでに現場を確実に侵食し始めている。私が担当する大手スーパーマーケットのネットショップ配送業務の現場には、かつて「パートさん」たちが大勢いた。管理事務所には10人程度のパートタイマーの女性がおり、ローテーションを組んで独自の通い箱への収納や、特注の長台車を使った配送用荷受け駐車場への運搬を、人当たり良く、快活に声を掛け合いながら手伝ってくれていたものだ。
しかし最近では、求人を出してもなかなか人が集まらず、現場の人数が激減している。以前ほど手厚く手伝ってもらえなくなり、品物の準備や搬出の遅れが目立つようになってきた。

「AIやロボットが労働力の穴を埋める」という美しい展望があるが、過渡期にある現場では今も、残された少数の人間による「奮戦」と協力体制で何とか維持されている。午後には売り場兼務のヘルプの男性(現在はすでに辞めている)が荷下ろしを手伝ってくれるなど、人の優しさに助けられる場面もあった。その男性は「以前別の工場で働いていた際、誰もトラックの運転手の荷積みを助けない光景を見て、自分はそうならないようにしようと決めた」と語ってくれた。こうした現場の助け合いがある一方で、冬の厳しい日には「積雪の多い地域の荷物が大雪でキャンセルになった」と聞き、不謹慎ながらも「これで少し荷物が減って楽になる、有難い」と心の底でホッとしてしまうほどの逼迫感が漂っていた。この「現場の悲鳴」と限界こそが、皮肉にもAIや自動化社会への移行を加速させる最も切実な動機なのだ。
2. 朝5時の積み込みから、雪道と渋滞まで
未来の物流は「自動運転レベル4」が救世主になると言われている。しかし、現在の私たちは、毎日の配送時間の帳尻を合わせるために、まさに「命を削る」思いでハンドルを握っている。
私が運ぶのは、大手の冷凍食品会社などの下請けとして、ファストフード店やハンバーガー店、地域の食品スーパーなどへの配送品だ。朝5時に冷凍・冷蔵倉庫から荷物を積み込み、一般道路を使って道順通りに納品していく。日中は多くのアルバイトで賑わうこれらの店舗も、12月のクリスマスシーズンともなれば「戦場」と化す。普段の倍以上の資材を運ぶため、1日に2往復もファストフード店へ納品に走るような過酷なルーティンも存在する。

これらの午前中の納品を9時頃に終えると、間髪入れずにネットショップの配送が始まる。ネットショップの午前の便は、物流センターに午前11時までに届けなければならないという極めて厳しい時間制限(タイムリミット)がある。もし、商品の出来上がりや注文確定が遅れて、出発が午前9時50分を過ぎてしまうと、物理的に遅配の可能性が跳ね上がる。
遅れを取り戻すため、中核都市の小型店舗へ向かう高速道路では、スピードを通常より大幅にアップさせてアクセルを踏み込むことになる。事故のリスクが高まるため、本当に避けたいのが本音だ。
さらに冬場は、道路状況が追い打ちをかける。家を出て幹線道路に出れば除雪が行き届いてコンディションが良くても、一歩脇道に入れば圧雪や融雪がパキパキに凍りついている。薄暗い早朝の道路では、アスファルトの色と氷の区別がつかず、一瞬の油断がスリップ事故に繋がる。積み込みバースの斜面が圧雪状態になっていれば、左右のトラックにぶつけないよう、慎重に時間をかけてバックで着ける苦労もある。
それだけではない。国道線の中間付近などで、これといった原因が見当たらない「不可解な渋滞」に突然巻き込まれ、30分以上のロスを強いられることも日常茶飯事だ。渋滞を抜けた後、前の車を必死に追い越して時間を取り戻そうとする瞬間、ドライバーの心拍数は跳ね上がる。2035年にAIが肩代わりしてくれるのは、単なる移動という「ルーティン」だけだろうか。それとも、こうした「ドライバーが身を削っている時間と精神の負担」そのものなのだろうか。技術がいくら進化しても、自然の猛威や突発的な渋滞という現実にどう向き合うかという課題は形を変えて残り続けるはずだ。
3. 配送先の一覧をスマホで撮り、本を耳で読む
「AI格差」や「高齢者の孤立」が懸念される未来だが、私は悲観していない。御年73歳の私は、年齢を理由にデジタルを諦めるのではなく、積極的にスマホを仕事と生活の相棒にしている。
日々の配送業務でもデジタルは不可欠だ。商品の配送先(氏名や住所)が記された一覧を自分のスマホで撮影し、配送先である小型店舗の配達運転手へ宛てて即座に送信する作業を毎日こなしている。これが終わって初めて、トラックへの積み込みが始まる。
また、荷積みを早く手伝ってもらえて出発に余裕ができた時、高速道路のサービスエリアでの若干の休憩時間は、スマホでの情報収集や読書の時間に充てている。かつて運転中はラジオ放送をただ聞き流していたが、「それでは頭に何も残らない」と感じ、最近ではスマホの「文字読み上げ機能」を使い、様々な本を“耳で”読み進めて学びを止めないようにしている。

テクノロジーに仕事を「奪われる」と怯えるのではなく、自分の身体機能や効率を補ってくれる「共同作業の道具」として使いこなす。この泥臭くも前向きな姿勢こそが、2035年にすべての世代に求められる「真のAIリテラシー」の本質ではないだろうか。一方で、持病の悪化や免許の返納・失効によって現場を去らざるを得なくなり、一気に社会との繋がりを失ってしまう同僚たちの姿も現実として見てきた。技術が進歩するからこそ、誰も置き去りにしない社会のセーフティネットの構築は、今すぐ取り組むべき喫緊の課題だ。
4. 毎朝4時のストレッチと、荷積みの冗談
AIがどれほど効率化を進め、自動運転の運行管理システムが完璧になったとしても、現場を最後の最後で円滑に回すのは「人間同士の繋がり」と「想像力」だ。
私の朝は、まず自分の身体との丁寧な対話から始まる。毎朝4時に起き、熱いお茶をすすりながら、173cmの体をなだめるように「シニア版ストレッチ」を行う。「急な動作は敵」であり、力任せに動いてぎっくり腰を起こせば周りに迷惑がかかることを知っているからだ。荷積みでも、若い子が力任せに運ぶのに対し、私は重心とてこの原理を駆使して「体全体で押す」知恵を使う。こうした自己管理もまた、プロとしての責任感だ。
そして、私はどんなに忙しくても、営業所の仲間や納品先の受付の人々への挨拶と声掛けを欠かさない。積み込み中に汗だくになっている若手ドライバーに「先輩、この箱の中身は岩ですか?」と冗談を言われたら、「いやいや、君の筋トレグッズだよ」と笑い飛ばし、殺気立ちやすい現場のムードを和らげるようにしている。若手が抱える配達のストレスや愚痴に耳を傾け、時にはサービスエリアで配送管理表をめくり、次の現場の負担を減らす方法を考える。

幹線道路で理由のないノロノロ運転をする車や、不条理な渋滞に巻き込まれた時、私はいつも「周りの状況に想像力を働かせた行動をとってほしいものだ」と考える。自分の都合だけでなく、この道路の後にいる他のドライバーや、荷物を待つ人々のことにまで想像力を巡らせること。チームワークを重んじ、お互いに荷積みを自然と手伝い合えるような空気を作ること。こうした人間らしい「対人スキル」「ユーモア」、そして他者への「想像力と心のケア」こそ、AIが決して代替することのできない、10年後にますます価値が高まる究極の職能だと確信している。

結びに:2035年へのハンドルを握って
2035年の日本は、SF映画のような冷たいユートピアでも、技術に見捨てられたディストピアでもない。それは、今の私たちが「腰を痛めないように丁寧にストレッチをし」、「少しでも早く出発できるように互いの荷積みを助け合い」、「雪道の渋滞の後ろにいる人々に想像力を働かせる」といった、現場の人間による日々の誠実な選択と、小さな知恵の積み重ねの先にしか存在しないのだ。
いつもの配送ルートの途中にある、お世話になっているコンビニが改装で閉まっていたら、少し慌てながらも「手前のインター近くの店舗にしばらくお世話になろう」と柔軟に頭を切り替える。そんな日々の小さなしなやかさこそが、激変する未来を生き抜く武器になる。

「人生100年時代、ハンドルを握る手はまだ離しません」。最新のテクノロジーをスマホのように賢く道具として取り入れながら、人間らしい温もりと他者への想像力を決して忘れない。そんな血の通った2035年の日本を、私は今日も、真っ白な雪道を進むトラックの運転席から願い、走り続けている。

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