73歳ドライバーの独り言:「経済安全保障」と「冷凍チキン」の意外な関係

キャプション(説明文):「朝焼けの国道。ラジオから流れる『経済安全保障』の文字が、荷台の冷凍チキンと重なって見える瞬間がある。」

プロローグ:午前4時43分、世界が動き出す前に

冬の朝は、まだ深い闇の中にあります。午前4時43分。アラームが鳴る前に目を覚まし、熱いコーヒーを一杯流し込む。これが私の「始業儀式」です。

173センチ、60キロ。鏡に映る73歳の体躯は、我ながらまだ現役の「戦士」の顔をしている……なんて言ったら、妻には笑われてしまうでしょうか。愛車のトラックに乗り込み、エンジンをかけると、冷え切った空気を切り裂くようにディーゼル音が響きます。

国道を走りながら、カーラジオから流れてくるのは「経済安全保障」や「日本経済の再生」といった、なんだか小難しいニュース。アナリストたちが「半導体の供給網が……」とか「レアアースの確保が……」と、もっともらしい顔(声ですが)で議論しています。

ハンドルを握る私の手にも、自然と力が入ります。なぜなら、私の背中にある荷台には、日本の食卓を支える「戦略物資」が満載だからです。それは半導体でもなければ、リチウム電池でもありません。たっぷりの**「フライドチキン」や「ハンバーガーのパティ」**。そう、冷凍食品です。

実は、ラジオの向こう側で語られている国家レベルの大問題は、私のトラックの荷台、そしてお届け先の現場で起きていることと、驚くほど地続きなのです。


1. 「安さ」の限界と、現場の意地という名の「供給網」

ニュースの解説によると、かつて日本はレアアース(希少金属)の調達を、中国などの「低コスト生産」にどっぷりと頼り切っていたそうです。しかし、環境負荷や労働問題を度外視した「安さ」には限界があった。そこで今、日本はオーストラリアとの連携を強めたり、「都市鉱山」と呼ばれるリサイクル技術を磨いたりして、**「特定の一国に依存しない、強靭な供給網(サプライチェーン)」**を必死に構築しているといいます。

「ふむふむ、なるほど」と頷きながら、私はネットスーパーの配送センターに滑り込みます。ここでも全く同じ「構造改革」が起きています。

現場で奮戦しているのは、私よりも少し若い(といってもベテランの)おばちゃんパートさんたち。彼女たちのチームワークは、まさに芸術品です。テキパキと注文をさばき、商品を仕分け、重いカゴを運ぶ。そのパワーと正確さは、どんな最新鋭のAIロボットもまだ追いつけない「日本の宝」だと私は確信しています。

しかし、かつてのように「安い労働力がいくらでもある」という前提は、もう崩れ去りました。人手不足の波は、確実に、そして残酷に押し寄せています。積み込みを手伝ってくれるスタッフが一人欠けるだけで、物流という大河の流れは途端に滞る。

「ごめんね、運転手さん! 今急いでやってるから!」

汗を拭いながら叫ぶおばちゃんたちの声に、私は「いいよ、気をつけて!」と返しつつ、心の中でアクセルをイメージします。出発が15分遅れれば、それはお客様の「夕食の時間」に直結する。

遅れを取り戻すため、私は高速道路で慎重かつ大胆にアクセルを踏み込みます。もちろん安全運転が第一ですが、心臓の鼓動は少しだけ速くなる。これを私は**「命を削るドライバーの美学」なんて呼んで、自分を鼓舞しています。国がレアアースのルートを必死で確保するように、私たち現場の人間は、自分の体力と精神をすり減らしながら、「毎日の食卓」という名の経済安全保障**を、意地で守り抜いているのです。


2. 「投資しない」管理職と、泥にまみれるおばちゃんたち

次に耳に飛び込んできた経済記事のトピックは、日本企業の「停滞の原因」についてでした。 いわく、今の経営者が守りに入っているのは、90年代の金融危機の「トラウマ」があるからだ、と。失敗を恐れて「挑戦(投資)」するよりも、「貯金(内部留保)」を積み上げることに躍起になっている。かつてのソニーやホンダのように、世界を驚かせるような「失敗を恐れぬスピリット」が失われてしまった、という指摘です。

これを聞いて、私は思わず苦笑いしてしまいました。ある日の配送センターの光景が、フラッシュバックしたからです。

その日は、セールが重なって荷物が山積み。現場はまさに戦場でした。おばちゃんたちが必死に走り回る横で、若手のマネージャーが一人、タブレットを片手に突っ立っていました。 彼はデータを見つめ、効率がどうだ、生産性がどうだと、インカムで誰かに指示を出している。でも、目の前で崩れそうな荷物には、決して手を貸そうとしません。

あとでおばちゃんたちが、休憩室でこっそり愚痴をこぼしていました。 「あのマネージャーさん、指示を出すのは立派だけど、一度も荷物を持ったことがないのよね。私たちが汗だくでやってる横で、汚れるのを怖がってるみたい」

これこそ、ラジオが言っていた**「日本経済の縮図」**ではないでしょうか。 リスクを避け、数字の上だけで管理し、現場の痛みに投資しようとしない。記事が説く「規制改革」や「大胆な投資」が必要なのは、何も霞が関や丸の内のビルの中だけではありません。

現場で泥にまみれて働く人たちが、「この仕事をしていてよかった」と思えるような設備に投資すること。重い荷物を運ぶ負担を減らすシステムにお金をかけること。それこそが、今の日本に最も欠けている「未来への投資」なのだと、ハンドルを握る私の手が、じわりと汗ばみます。


3. 「チキン戦争」の最前線に、希望の光を見る

とはいえ、悲観してばかりいても、良い仕事はできません。 私の主要な配送先の一つであるケンタッキーフライドチキン(KFC)では、まもなく年間最大の「聖戦」――クリスマス・チキン戦争が幕を開けます。

先日、納品の合間に店舗の裏側を覗くと、20人ほどの若者たちが集まっていました。高校生や大学生のアルバイト。彼らは、店長の説明を真剣な表情で聞いていました。

「いいか、当日は戦場だ。でも、君たちが渡す一つ一つの箱には、誰かの『楽しい思い出』が入っているんだ。それを忘れないでくれ!」

そんな店長の熱い言葉に、若者たちが「はい!」と力強く答える。そのキラキラした目を見た時、私は確信しました。日本から「熱量」が消えたわけじゃない。

ニュースで話題の「ペロブスカイト太陽電池」のような革新的技術も、もちろん日本の未来を救うでしょう。でも、それを支える土台は、結局のところ、こうした**「現場の人間のエネルギー」**です。

政治家や企業のトップの方々に、一人の老兵としてお願いしたい。 単なる「コスト削減」という名の削り出しではなく、この若者たちや、現場で戦うおばちゃん、そして私のような73歳のドライバーが、「よし、今年もやってやるか!」と、前を向いて強気にアクセルを踏める環境を作ってほしい。現場が「自信」を取り戻した時、日本経済という重いトラックも、再び力強く走り出すはずですから。


エピローグ:明日の「日常」を運ぶために

今日は積荷が少なくて、「おっ、今日は優雅なドライブか?」なんて喜んでいたら、翌日にはその反動で、天井までパンパンに荷物を積まれる……。そんな、計画通りにいかないドタバタも、今では愛おしい日常の一コマです。

配送の合間、ふと目に飛び込んでくる街路樹の紅葉。横断歩道を渡る幼稚園児たちが、私のトラックに向かって小さく手を振ってくれる瞬間。そんな些細な景色が、疲れた体に最高のエネルギーを充電してくれます。

日本の「心臓部」である産業を守るのが国家の経済安全保障なら、街の「胃袋」と「笑顔」を守るのは、私たちドライバーのプライドです。

毎週金曜日の休日は、しっかり体を休めて、また土曜日からハンドルを握ります。 「経済」なんて大きな言葉は、私には少し荷が重いかもしれない。けれど、私の運ぶこの冷凍チキンが、どこかの家族の食卓を温める。その確信がある限り、私の旅は終わりません。

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